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東京地方裁判所 昭和25年(ワ)2395号 判決

三菱銀行

事実

原告林野庁共済組合は国家公務員共済組合法に基ずいて設けられた法人であるが、昭和二四年九月九日、被告株式会社三菱銀行(当時の商号は千代田銀行)との間に金額一千二百万円の普通預金契約を締結し、即日右金員を被告銀行芝支店に預け入れた。そして同年十月十四日同支店において右預金全額の払戻を請求したところ、被告銀行からその支払を拒絶されたので、原告は右預金一千二百万円と、これに対する右支払済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求めると主張したのに対し、被告銀行は、原告の主張する一千二百万円は、原告組合本部出納主任の職にあつた川端が金融ブローカーの島名、被告銀行芝支店の預金係長であつた山本、及び当時東和通商株式会社の設立を企図していた野長瀬と互に意思を通じ、原告から野長瀬に対し高額の利廻りによる融資をする目的で、ただ被告銀行の普通預金の形式を仮装して、川端から山本に授受されたものであつて、実質的には、原告と被告との間に普通預金契約がされていないのであるから、被告銀行としては原告の請求に応ずる義務はないとして争つた。

理由

原告林野庁共済組合が国家公務員共済組合法に基ずいて設けられた法人であること、川端照千代が昭和二三年七月から原告組合本部の出納主任として同組合資金を管理運用していたことは当事者間に争いがない。

そこで原告の、原被告間に昭和二四年九月九日金額一千二百万円の普通預金契約が成立したことを前提とする預金返還請求について判断するのに、川端が昭和二四年九月九日被告三菱銀行芝支店を訪れ、同支店の預金係長(もつとも昭和二四年九月七日限りでその職を解かれていたことは後記認定のとおりである。)であつた山本三朗に対し日本銀行振出の額面金一千百四十三万四千五十六円の小切手一通を交付して、山本から金額一千二百万円預入記入の普通預金通帳(甲第一号証の一ないし三)を受領し、次いで同日後刻山本に対し額面金五十六万五千九百四十四円の富士信託銀行の預金小切手一通を交付したことは当事者間に争いのないところである。そして右普通預金通帳に使われている用紙及び押切印、ゴム印が被告のものであること、また右通帳に押捺してある「中森」「平井」の印影が、被告銀行芝支店預金係員中森敬子、同支店長代理平井忠三郎の職務上使用している印によるものであることは被告も認めるところであるから、昭和二四年九月九日、川端と山本との間に行われた額面合計金一千二百万円の二通の小切手の授受が一応預金のための授受であるかのようにも見られやすいが、右普通預金通帳は既に預金係長の職を解かれた山本が、被告銀行の用紙及び印、同銀行芝支店預金係員中森敬子、同支店長代理平井忠三郎の印を恣に盗用して偽造したものであること後記認定のとおりであるから、右普通預金通帳の存在を以て原告、被告間に普通預金契約が成立したことを認めることはできない。

さらに証拠を綜合すると、川端と山本との間に額面合計金一千二百万円の二通の小切手が授受されたのは、次の事実によるものであつたことが認められる。

すなわち、台湾との貿易を目的とする東和通商株式会社の設立を企てその設立資金調達に奔走していた野長瀬は昭和二四年五月頃から被告銀行芝支店預金係長山本と知り合い、山本に融資の斡旋をして貰いたいと懇望していた。しかし銀行から正規の貸付を受けるため有力な担保を持たない野長瀬としては、結局銀行側で納得するような預金者を探して来て、融資に見合うだけの預金をして貰い、融資金が回収されるまではその預金を引き出さないような趣旨の念書を差し入れて貰つた上で融資を受けるという方法をとるよりほかなく、ために野長瀬は大口の預金者を探していたが、同年八月頃金融ブローカーの島名と知り合つたので、右の事情を同人に話して融資の斡旋を依頼した。

ところで当時、原告組合は現業の共済組合として相当豊富な資金を有していたので、原告組合業務の担当者であつた林野庁厚生課長木内やその監督下にあつた川端が、この資金を信託会社等を通じて特定の第三者へ融資し、融資を受けた者から高額の謝礼を貰う等の方法で有利に運転し、そこから得た利益金を原告組合のいわゆる機密費等の支払に充てるということが屡々行われていた。かねて木内課長及び川端と面識のあつた島名は原告組合には相当豊富な資金があることも知つていたので、野長瀬に対する融資も原告組合のこの資金に目をつけたのである。そこで島名は同年八月末頃から川端に対して原告組合の資金一千万円ほど融資して貰うことの見込を確かめる一方、山本、野長瀬らとも会談してその実行方法につき打ち合せを行つた。かねて山本は、被告銀行芝支店としては正規の貸付について一定の枠があり、たとい預金をして貰つても多額の融資をすることは不可能であることを野長瀬に話していたので、島名は山本に対し、川端からの出資は正規の預金でなく、ただ預金の形式をとることにして、借用証代りの預金通帳を発行して貰いたい、そしてその金を直接野長瀬に廻すようにしてはどうかと申し入れてその承諾を得、野長瀬もこのことを諒承した。そして島名は重ねて川端に対して原告組合資金の融通方を懇請し、融資先が野長瀬であることは必ずしも明示しなかつたが、一カ月で返済の見込があること、出資して貰えば一カ月五分の利息が入ること、そのかわり一カ月据置の約束で被告銀行芝支店に普通預金として預け入れて貰いたいこと等を話した。当時木内課長はたまたま出張中であつたので、川端も自分の一存でこの申入に応じたのである。こうして一切の膳立は整えられたのであるが、島名、山本、川端の三名が最後の打ち合せをした同年九月八日より前である同月五日付で山本は被告銀行五反田支店に転出を命ぜられ、その旨同月七日被告銀行芝支店長より申し渡されたので、同人は同日限り同支店預金係長としての職務権限を解かれるに至つていたのである。にも拘らず、前記九月八日の最後の打合せを終えた山本は会談後同支店へ戻り、執務時間中に被告銀行の普通預金通帳用紙を使用し、恣に同銀行の押切印、ゴム印、平井同支店長代理、中森同預金係員の印を各使用押捺し、翌日預金欄に金額だけを書き込めばよいようにして原告宛の普通預金通帳一冊を偽造し、また川端から依頼のあつた、普通預金一カ月間据置の旨を記載した誓約書一通も代書した。一方野長瀬に対しては、翌日川端から受け取つた金をすぐに手渡せるよう被告銀行芝支店近くの喫茶店で待つていて貰うことを打ち合せた。

翌九日朝九時頃川端が同支店を訪れると、山本は川端を応接室に招き入れ、ここで川端から日本銀行振出の額面金一千百四十三万四千五十六円の小切手一通を受け取り、一千二百万円に達する不足分は富士信託銀行の小切手を渡すから後刻取りに来て貰いたい、従つて預入金額は一千二百万円にしてくれとの依頼を受けたので、予め用意した前記偽造にかかる普通預金通帳に金額一千二百万円預入の旨を記入した。そして川端から一カ月預金据置の旨を記載した誓約書一通を差し入れて貰つた上、右預金通帳を川端に交付した。川端が同支店を辞した後、山本はかねて打合せのとおり同支店前喫茶店で待つていた野長瀬に対し、川端から受け取つた日本銀行振出の小切手を手渡し、さらにその後川端の役所を訪れて川端から約束どおり額面金五十六万五千九百四十四円の富士信託銀行の預金小切手一通を受け取り、再び前記喫茶店で野長瀬にこれを手渡した。しかし右二通の小切手(額面合計一千二百万円)については、何れも被告銀行の帳簿、伝票等に預金受入の記載はなされなかつたのである。

ところで、野長瀬は、その後東和通商株式会社の業績も思うように挙らず、約束の一カ月の期限が来たけれども容易に返済の見込が立たなかつたので、島名、山本を通じて川端に期限を延ばしてくれるよう交渉して貰つたが何れも川端に断られた。川端の方でもその頃、被告銀行芝支店を訪れ、始めて山本が五反田支店へ転勤したことを知つたが、とも角被告銀行に請求してみようと考え、同年十月十四日、前記預金通帳を同銀行芝支店に持参し、預金金額の支払を請求したところ、被告銀行はこれを拒絶した。その際川端は別段驚いた様子も見せなかつたが、このことから本件の争いが起つたものである。

以上の事実が認められるのであつて、これらの事実をみると、原告組合の資金の利用は、銀行員である山本に金を手渡して、これと引換に普通預金通帳を受け取るという経過をとつているけれども、それはただ普通預金がなされたような形を整えるためにそのようにするのであつて、その金は実際には正規の普通預金としての取扱を受けずそのまま他に融資されるものであるということを、川端自身既に島名との交渉のうちに察知していたのであるが、短期間で高利を得られることであるし、直接第三者に融資するのとちがつて、預金通帳の交付を受けておけば、万一の場合被告銀行に請求することもできると考えてこれに応じ、このような認識と意図のもとに、昭和二四年九月九日金額合計一千二百万円の二通の小切手を山本に手渡し、これと引換に本件普通預金通帳を受け取つたものであると考えざるを得ない。しかも、その時山本に右金員を普通預金として取り扱う意思がなく、そのまま野長瀬に渡してしまつたこと、山本は既に被告銀行芝支店預金係長の職を解かれた後であつたこと、被告銀行ではもとより預金受入の扱をしていないことはさきに判示したとおりであるから、原告と被告との間には結局原告主張のような普通預金契約は成立しなかつたものと認める。

従つて、原被告間に普通預金契約が成立し、原告に一千二百万円の預金債権があることを前提としてその返還を求める原告の請求は理由がないとしてこれを棄却した。

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